春が起きてきた
特別養護老人ホームには中庭がある。
そこには春の風物詩が「住んでいる」
そう、それは
亀。
20年前に出会った当時は
寮母室の面会簿のあるカウンターの
小さな水槽の中で
恥ずかしそうに生きていた。
それを毎日のように、車いすを漕いで来ては
ちょんちょんと効く方の左手でたたいて
挨拶をするおばあさんがいた。
その方は、ここに来られた時は
言葉が出ない「失語症」という疾患をかかえていたが
亀には、そのおばあさんがわかるようだった。
くるたびくるたびに(元気かー?)みたいな
顔をお互いにされていた。
ほどなくして
亀は大きくなった。
水槽から出ようとして
ときおり「ガタン!」と
音が出て驚かされた。
夜勤中だったら、なおさらだ。
しかたなく
ちかくの中庭に亀を放した。
すると亀はいきいきと動き出した。
中庭でいろんな方々を見てきた。
落ち着かない方の散歩や
畑仕事をする方や
お盆の迎え火や
台風の停電の時など
また、飼い主の方も
いつもいつも変わっていった。
冬。
年越しのころには
亀は、中庭のどこかで「冬眠」をする。
それを知り、冬を知る。
そんな亀が出てきた。
それを知り、春を知る。
「あそーに、いっぺさ」(=あそこにいるんじゃない?)
最近、花の里に住み始めたおばあさんが
今は亀の居場所を把握している。
そうして、この亀は今も
いろんな人に「居場所」を与え続ける。
みんなが今も
亀を見守っているよ。